ピーターパンのように、いつまでもネバーランドにはいられないんだ。
頭の中にふと浮かんできたその言葉を、誰もいない部屋の中でポツリと呟いてみる。
胸の中に、小さな小さな穴が出来た。


それは、いつのまにか感覚的に覚えていたことだった。思い出せないその「いつか」の頃は、目の前にはいつも道があって、その道は私が進みたい方向へ、何処までも何処までも伸びていくものだと信じていたのに。私はいつ頃感じ取って、いつの間にかそれは違うということを理解したのだろう。それは思い返しても曖昧で、今はもう、あまりにも当たり前すぎて、思い出せるわけもないのに空を仰いで、頬にあたる風を感じていた。
冷たい風。明日も仕事があるから風邪は引けないな、なんて。
そんなことを考えて、笑った。
私は、大人になってしまった。




「ねぇ聞いてよ!この間の数学のテスト!自分の中ではさ、これでもかってくらいに勉強したのに、あたし30点しか取れなかった!!もう最悪!」

テストの結果や、友達の噂話。
そんな些細なものに一喜一憂しながら、それでもまだ「諦める」なんて事を知らなかった。
それでも、何も知らずにただ外を走り回っていただけの幼児だったころよりは、確実に大人へと近づいていた私。幼児の頃には全く無関係だった知能や知識、存在価値を点数で表すことも、やはりいつのまにか当たり前になっていて。
学生の頃はテストで。
今はそれが労働時間だったり、実績だったりで表されて。



仕事で疲れて帰ってきた部屋で、何げなくつけたテレビで君を見つけて。
ねぇ、胸のなかの穴は大きくなってしまったよ。
寂しさは二乗、三乗。
悲しみとは言い切れないけれど、近いものに変わってしまったよ。


藤代君、中学、高校のときと、何一つ変わっていないんだね。

恋だったのかもしれない。だとしたらきっと淡い思いってやつだったな。

藤代君が夢中になって打ち込むものはいつもも唯1つ。瞳が見つめるのは、敵とチームメイトと、モノクロでできたボールだけ。
輝きは消えず、今もなお、むしろ一瞬一瞬、輝きを増している。

少しの寂しさと、嫉妬。
でも一番多いのは、喜びや安堵かもしれない。
自分の気持ちが上手く表現できないよ。

この感情に、なんという名前をつけたら、伝わるのかな。



まだ私がネバーランドにいれたあのころの夢。
その夢は捨て去ることも出来ずに、きっと私の心の中で、いまも隅に置き去りにされている。忘れたわけじゃないけれど、もう触ることも、みつめることも出来ないね、あまりにも、あまりにも眩しすぎて。


何を馬鹿なって言われてしまうかもしれないけれど、藤代君はいまもネバーランドに行くことが出来るんだろうね。体は大人になっているけど、中身は、心は、変わっていないから。(もちろん、いい意味で。)
今も昔も、そしてきっとこれからも、輝き続けていくんだろうから。

そう、藤代君は、私がどこかに置き去りにしてきた夢のように眩しすぎて、でも、それなのに逸らすことが出来ない。私はもうネバーランドには行けないから、ねぇ、置き去りにされている、可愛そうな、ちっぽけな夢を連れていってほしい。





もうきっとあうこともない遠い人へ
叶いもしない願いを、星の見えない夜空へ向かって呟いた。

それは、ネバーランドにいる子供達のように、どこまでも真っすぐな、大人になった少女の最後の純粋な願い。




ピーターパンへ

愛をこめて