「頼むから、戻ってこいよ………っっ!」


そういって、私の目の前の少年は涙した。




「…、………っっ」

何度も何度も、小柄で赤みがかった髪の毛の少年は私の名前を呼ぶ。


お天気お姉さんの「本日は夕方から雨が降り、気温も下がるでしょう」
そんなセリフが思い出される。
そろそろ梅雨の時期になって、今も外では雨が降っている。

「お天気お姉さん」「雨」「梅雨」「夕方」
その意味が、それが何か分かるのに。
この白い空間が病院だと言うこともわかるのに。


……思い出して、くれよ。………」

そういって、何度も何度も。
泣きながら私を呼ぶ、可愛い顔をした少年を。
…私は知らない。


……」

うん、だよ。私は
でも、でもね。私の名前を呼ぶ、君の事、何一つわからないんだよ。


思い出して、くれよ


記憶の海を潜っても、其処は唯真っ白で。其処は唯真っ黒で。
何も、何も無い。
私は、「何か」を「何処か」へ置いてきてしまったのだろうか。


可愛い顔をした少年の後ろにたたずむ色黒の少年は、顔を歪ませ、俯いたままこの部屋を出た。
少年、少年、泣かないでよ。君が泣くと、どうしてだか苦しいんだよ。
私の中で、私じゃない誰かが泣くんだ。
私の中で、私じゃない誰かが叫ぶんだ。


少年、少年。
私がどこかへ置いきてしまったものを知らないかい?
とても、とてもとても、大切なものだった気がするんだ。

ねぇ、少年、


―――翼、




脳裏を一瞬にして駆け巡ったそれは、次の瞬間跡形もなく、



(あぁ、なんて言えばいいんだろう)



2006/05/18    alice
【配布元様】